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FM TOWNS SN の筺体の黄変を改善したい


もくじ

はじめに

我が家にある FM TOWNS SN は、入手当初から合成樹脂製の筺体が日焼けによると思われる着色 ( 黄変 ) を起こしています。製造当初は明灰白色だったであろう筺体外側の大半が日焼けしていますが、その割にはキーボード部分はあまり着色しておらず、中途半端な色合いである為にあまり見た目が良くありません。

そこで巷で話題の漂白を試そうと思ったのですが、着色というと難燃剤による着色が有名なものの、我が家の FM TOWNS SN の着色が難燃剤による症状なのか不明だったので、合成樹脂の劣化と着色原因の調査および、改善方法の検討を行いました。


一般的な話

合成樹脂は熱可塑性の物と熱硬化性の物がありますが、今回、熱硬化性のものは割愛します。一般的に熱可塑性の合成樹脂は、以下の要因により劣化が起きます。

合成樹脂が劣化する主な要因
  • 紫外線
  • せん断 ( 千切るような力のこと ) や曲げなど応力
  • 加水分解

炭素・水素結合を持つ合成樹脂は応力や熱、紫外線などが単独または相互に作用して、活性点を生成し劣化反応を開始します。いったん活性点が生成されるとアルキルラジカルが生成され、さらに酸素が存在しているとヒドロペルオキシドラジカルが生成されます。

このヒドロペルオキシドラジカルが他の炭素・水素結合から水素を引き抜いてアルキルラジカルが再び生成される、というサイクルを繰り返して、連鎖的に劣化が進行していきます。難燃化剤も、同じようなサイクルで化学反応が進行します。


合成樹脂の添加剤

先述のような劣化を抑制する為に、合成樹脂には通常、各種添加剤 ( 酸化防止剤や光安定剤 ) が加えられています。

酸化防止剤にはアルキルラジカルを捕捉するフェノール系の 1 次酸化防止剤と、ヒドロペルオキシドラジカルを分解するリン系の 2 次酸化防止剤があり、酸化防止剤が有効に作用して消費されている期間 ( 劣化誘導期間 ) の間は、劣化は緩やかです。

しかし、この期間を過ぎると急速に劣化が進行します。特に 2 次酸化防止剤がどれだけ消費されているか、が合成樹脂の寿命の判断に大きく影響を与えるようです。また皮肉なことに、添加されている酸化防止剤や光安定剤そのものも時間が経過するうちに化学変化を起こし、それと同時に着色してしまうケースもあります。

劣化対策とは別に、筐体が燃えにくくなるよう難燃化剤も加えられています。いくつか種類がありますが、かつては臭素が含まれているものが主流だったようです。現在は臭素そのものの環境への影響が懸念されているので、異なるタイプの難燃化剤へ徐々に置き換えられつつあるようです。


劣化の原因

さて、話を FM TOWNS SN に戻しましょう。一般に家庭用電気製品の筐体には、合成樹脂の中でも安価で加工性に優れた ABS 樹脂を用いている例が少なくありません。おそらく FM TOWNS SN の筺体も ABS 樹脂製でしょう。しかし、思い込みは恥ずかしいので分解して調べてみることに。すると内部に ABS の刻印がありました。

ABS 樹脂がどのような材料から製造されているのか調べると、ベースとなるポリスチレンにアクリロニトリル、ブタジエンという二つの成分を加えて製造されているようです。この ABS 樹脂の劣化、着色の原因は次のようなものが考えられます。

ABS 樹脂の劣化、着色の原因例
  • 熱、紫外線による、ポリスチレン成分の酸化に伴う着色物質の生成
  • 1 次酸化防止剤が熱・湿度・NOxガスにより着色 ( いわゆる暗所黄変 ) 
  • 紫外線により難燃化剤から切り離された、臭素ラジカルや酸化臭素で着色 ( 黄変 ) 

これらのうち、筐体内部に目立った着色が見られないこと、底面は表側、裏側ともに着色していないことから、臭素が原因の可能性が高いと判断しました。


元に戻したい

臭素による黄変の場合、生成物の臭素ラジカルを臭化水素にして大気中に放出すれば良い、とされています。これが一般的に言われている、過酸化水素水に放り込む方法に繋がります。

この方法を発見した人の解説を読むと、「着色 ( 黄変 ) した合成樹脂を過酸化水素水へ放り込むと、水素原子が自身が持っている電子を臭素と共有しようとする。この場合、酸素と臭素の結合よりも強力なので、酸素から臭素を奪って臭化水素となり、大気中へ放出されて着色 ( 黄変 ) が消える」という仕組みなのだそうです。

ポリスチレン成分の酸化に伴う着色の場合は合成樹脂を傷めないよう、酸素系漂白剤を用いて漂白するしかなさそうです。

どのような理由で着色したのだとしても、2 次酸化防止剤を全て消費してしまっている場合は、漂白後に短期間で再び着色する可能性があります。なので筐体そのものの延命が第一目的の場合は、無理に漂白せずに紫外線や酸素の遮断を目的として、塗装するのが良いでしょう。

筐体ではありませんが「靴材料の経時変化に関する研究」という資料によると、靴材料用として調合した ABS 樹脂を用いて実験を行ったところ、温度や湿度による影響はほとんど見られなかったが、紫外線による強度低下は顕著に認められ、また、紫外線を抑えるような塗装を施した場合はその影響を防げることが実験により示唆されたそうです。

オリジナルの状態を出来るだけ残したい方は漂白ののち、ABS 樹脂を出来るだけ酸素に触れさせないよう、クリア塗装をしたほうが良いでしょう。着色を完全には防げないでしょうが、多少緩やかにする効果を期待できます。


事前の準備

漂白に当たり必要な材料の一つである過酸化水素水は、日本国内では消防法または市区町村の火災予防条例により危険物として規制されていて一般に入手困難なので、酸素系漂白剤 ( ワイドハイター EX、手間なしブライト、かんたんブリーチなど ) を代用する方法が主流です。

同じ漂白剤だからと言って、塩素系漂白剤を用いてはいけません。漂白自体は可能かも知れませんが、酸素を引き寄せるので後で症状が悪化すると考えられます。

酸素系漂白剤を用いる際、いきなり原液へ浸ける行為もやってはいけません。樹脂が割れて悲惨なことになる可能性がありますので、薄めた液体に目立たない部材を浸けて試験し、効果がない場合かつ、合成樹脂が割れたり溶けたりしない事が確認出来た場合に限り、徐々に濃度を上げていきましょう。

また、金属類は錆びるので浸けない事が原則です。金属を浸けたらメッキごと浸食して錆びた事例が報告されています。今回の FM TOWNS SN の場合、黄銅製と思われる雌ねじが筐体に埋め込んであるのですが、錆びないと思われがちな黄銅も脱亜鉛腐食を起こす事があります。

この現象は聞きなれないと思いますが、給水や空調の冷温水用配管で用いる黄銅製バルブで起きることがある現象です。さすがに外せないので、テープで塞いで臨むことにしました。


紫外線

臭素による黄変の場合、酸素系漂白剤以外にも臭素ラジカルを分解する為に紫外線が必要ですが、紫外線には条件があります。いわゆる UVA と UVB の領域をまたぐ、波長 300nm から 350nm あたりの紫外線が必要とされています。 ( 350nm 超だと臭素をうまく分解できず、300nm 未満だと合成樹脂を無駄に痛める ) 

太陽光だと天候や季節に左右されるので、紫外線を放出する照明器具を使用できないか調べましたが、残念な事に厨房にあるような殺菌灯では波長 253.7nm 付近、紫外線硬化性樹脂に用いる UV ランプは波長 350nm から 400nm 付近で見事に使えない事が判明しました。爬虫類飼育用の UV ランプだと波長 300nm から 350nm も出るようですが、少々、入手が困難です。

私は諦めて波長 300nm から 350nm の紫外線も含まれている太陽光を使う作戦を採用しました。太陽光を使う場合、季節や時間帯により紫外線の強さが変わりますので、最後に参考資料を示します。


作業方法

実際の作業する際に工法として、次のようなものが考えられます。

漂白方法の例
  • 漂白剤を対象物に塗って食品用ラップフィルムで包み、太陽光に晒す
  • 袋に漂白剤と対象物を入れて太陽光に晒す
  • 透明なガラス製の水槽や合成樹脂製の箱に漂白剤を投入し、対象物を沈めて太陽光に晒す

均一な漂白が難しいことから、ラップフィルムで包む方法や袋に入れる方法はあまり推奨できません。水槽や箱を用いる方法では、漂白剤を直接外気に開放する事を推奨します。たとえば屋内でガラス越しに太陽光を当てても、ガラスは波長 315nm 以下の紫外線をほぼ通さず、波長 315nm 超の紫外線も六割程度しか透過しません。漂白時間は、累計 72 時間程度がひとつの目安になるでしょう。

均一な漂白に失敗すると修正は困難です。対処療法は、重症の時は番手が 400 から 1000 番の紙ヤスリで軽く表面を削ると目立たなくなります。表面に結晶のようなものが薄くついた程度の軽傷の時は、メラミンスポンジで軽く擦る程度でも効果があります。

紙ヤスリで表面を削った場合シボ加工は削り取られてしまいますが、いわゆる梨地程度であればクリアーラッカーを何度か砂吹きしてから本吹きをして仕上げると、それなりにシボ加工を取り戻せます。

漂白が終了したら漂白剤の成分が残らないよう、しっかり洗浄しましょう。成分が残ってしまうと酸化が促進されて、短期間で再び着色してしまう事があるようです。

なおベランダ等で作業する時は、漂白剤は間違ってもコンクリートに付着させないよう注意しましょう。建築物の寿命を無意味に縮めてしまいます。 ( 中性化を進行させ鉄筋の腐食を早めます ) 


結果

上記手順に従い FM TOWNS SN を漂白した結果、症状は改善したものの着色を完全には戻せませんでした。悔しかったので紙ヤスリで表面を削ると、着色が表面だけではなく内部まで進行しているようでした。

これを考えると、ポリスチレン成分の酸化に伴う着色物質の生成と、難燃化剤の化学変化を併発していたものと思われます。


参考文献


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