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FM TOWNS SN の偏光板を張り替える
ある日の事です。FM TOWNS SN の純正内蔵 HDD を手に入れたので、装着して使えるか確認しようとしました。HDD を装着していざ起動と思い画面を開きました。すると...
なんと、液晶に謎の亀裂が走っているではありませんか。おまけに、微かに酸っぱい臭いまでします。
これは液晶パネル表面に貼り付けてある、偏光板が劣化した時に起きる現象のひとつです。前々から劣化の兆候が出てはいましたが、ついに来たか、と思いました。今回は劣化した偏光板の張替を行ったので、その記録を公開します。
ところで、この劣化した偏光板をそのまま放置すると何か不都合があるのでしょうか ?
結論を言えば、あると考えます。
偏光板に用いられている TAC 樹脂はセルロースと無水酢酸、酢酸および触媒として硫酸を原料として製造されますが、これが加水分解し始めると水溶性である酢酸が蒸発して、空間中に酢酸のベーパー ( ガス ) が放出されるようになります。
そのまま劣化が進行すると、そのうち TAC 樹脂が収縮して硬くなって割れたり、丸まってしまい使用に堪えない状態となります。一度加水分解が始まると、これを止める事は出来ないどころか、他の健全な偏光板にまで影響を及ぼします。
また酢酸に関して注意せねばならないのは、酢酸は消防法で危険物に指定 ( 消防法による規制値である指定数量 2,000L は、重油と同様 ) されている事や、炭素鋼や黄銅、銅合金に対する腐食性が有る事です。
以上から、酢酸のベーパーが発生している偏光板を放置するのは決して得策ではないと考えました。
という訳で、TOWNS SN の偏光板を張り替える事としました。用意したのは、
準備するものの一覧表
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- 偏光板の接着剤をはがす溶剤 ( 無水アルコールなど )
- よく切れてガラスを傷つけないカミソリ、カッター、捨てるつもりのマイナスドライバーなど
- マスキングテープなど
- 食品用ラップフィルム
- 新しい偏光板
- 液晶パネルに色ムラや、ゲートラインかソースラインが断線して黒い線が発生したり、冷陰極管 ( CCFL ) を割ったりしても発狂しない精神
- 液晶パネル表側と裏側の偏光板が両方とも劣化していたって、決して絶望しない精神
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以上の物を用意しました。
交換に当り注意していただきたいのは、偏光板を交換しても元の状態には回復しない ( 回復できない ) という現実です。
これは、一般に販売されている偏光板と液晶パネル用に製造されている偏光板では光学的特性が異なるからです。液晶パネル用の偏光板の場合、TAC 樹脂のフィルムに光学的な偏りをキャンセルする機能 ( 例えば、位相差フィルムによる光学的補正 ) を付加して視野角の改善を図っていたりします。
しかし、一般に販売されている偏光板にはそんな機能はありませんので、交換すれば視野角が狭くなる、画面が暗くなる、画面上の色彩が変化するという事が起きえます。また、ちょうど良いサイズの偏光板があることは滅多にありません。 ( コレ重要 )
画面サイズより小さい偏光板しか入手できなかった場合、どこかで偏光板を継いでやる必要があります。つまり、画面の真ん中に継ぎ目が数本入るかも知れないのです。
視野角が狭くなっても、画面が暗くなっても、画面に継ぎ目が入っても一向に構わない、交換するんだと言う方は以下に交換手順を簡単に記しておきますので、参考にしてください。
偏光板の張り替え方法 |
順序および 参考写真 |
説明文 |
参考 A 参考写真-1 |
偏光板が劣化した状態の参考例、一枚目 ( 参考写真の液晶パネルは TOWNS SN の TFT 液晶では無く、PC-9821 Ls12 の DSTN 液晶 ) 。液晶パネルの画面全体が変色して、中央部に気泡が発生しています。
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参考 B 参考写真-2 |
偏光板のみ剥がしてみると、ガラス基板に張り付いている位相差フィルムが変色しているのが確認出来た為、画面の変色は位相差フィルムの劣化、気泡は偏光板の劣化が原因だと推測されました。
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参考 C 参考写真 なし |
参考例としてあげた PC-9821 Ls12 については位相差フィルムを撤去して偏光板の交換を試みたものの、画面の色ムラが起きて常用が困難な事が分かりました。
そこでオリジナルの DSTN 液晶である日立の LMG9980ZWCC-01 の復旧は断念し、代わりに PC98-NX AL20C から TFT 液晶である日電の NL8060BC31-02 をインバーター基板と共に移植しました。
通常、液晶パネルのインターフェースは他のパネルと互換性を持たないケースが少なくないので移植は困難ですが、 PC-9821 Ls12 の場合は偶然にも同等のインターフェースを持つ TFT 液晶を見つけたので、移植する事が出来ました。
ただし PC-9821 Ls12 場合、 DSTN 液晶と TFT 液晶ではインバーター基板本体とそれらのねじ穴位置が互いに異なる為、筐体ごと移植または筐体の加工が必要になります。
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参考 D 参考写真-3 |
偏光板が劣化した状態の参考例、二枚目 ( 参考写真の液晶パネルは TOWNS SN の TFT 液晶では無く、PC-9821 Ls13 の DSTN 液晶である当時の松下電器産業、現 Panasonic の EDMGR68KCF ) 。液晶パネルの画面中央部に気泡と、それに伴う偏光板の亀裂が発生しています。
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参考 E 参考写真-4 |
液晶パネル腐食部分の拡大写真。この腐食は、酢酸のベーパーが原因と思われます。
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参考 F
参考写真-10 |
偏光板が劣化した状態の参考例、三枚目 ( 参考写真の液晶パネルは TOWNS SN の TFT 液晶では無く、FMR-50CARDFMR-50CARDのモノクロ反射型液晶 ) 。傍目には分かりにくいですが、画面中央に変色が出始めています。
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手順 1 参考写真 なし |
偏光板の張り替えを思い立ったら、まずは新しい偏光板を入手してください。私は、東急ハンズで「偏光フィルム BSP250」を入手しました。
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手順 2 参考写真 なし |
偏光板には向きが存在します。対象となる液晶パネルを分解する前に電源を入れて画面にかざし、偏光板をどの向きで使うべきか特定してください。
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手順 3 参考写真 なし |
それではいよいよ、実際の偏光板張り替え作業を開始します。劣化した偏光板を剥がしますので、液晶パネルを取り出す為に本体を分解していきます。
TOWNS SN の分解はそこまで難しく有りませんが、液晶パネル直下の筐体は分解するのに少しコツが必要です。
具体的には、キーボードを固定する筐体の内側に隠れているツメを外す為に、液晶パネルを半分閉じた状態で後ろ側へ少し押しながら分解します。
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手順 4 参考写真 なし |
液晶パネルが収容されている筐体をマザーボードが収容されている筐体から外す前に、マザーボードと液晶パネルを接続する電源および制御用の電線を端子ごと外してください。
液晶パネルの筐体は一般的なノート機と同様に、筐体の枠に仕込まれている隠しねじを外したのち、マイナスドライバーを用いてツメを外していきます。
液晶パネルを取出したら、冷陰極管など外せるものは全て取外しを行います。
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手順 5 参考写真 なし |
偏光板をはがし始める前に、部屋の窓を全開にして万全の換気体制で臨んでください。それが例え冬であってもです。理由は後でわかります。
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手順 6 参考写真-5 |
劣化した偏光板を剥がします。カッターやマイナスドライバーなどを用いて少しずつ剥がしていきます。
健全な部分と劣化した部分が混在している場合、健全な部分は偏光板がしっかりとガラス基板に張り付いている為、削ぎ落とすのに力をかけ過ぎてガラス基板を割ってしまわない様に注意してください。
劣化した部分は逆に、剥がそうとしても粉々になる事があります。この場合はカッターなどで無理に削ぎ落そうとせずに、次項で述べるように溶剤を使って接着部分を溶かしてから剥がすようにすると良いでしょう。
( 参考写真の液晶パネルは TOWNS SN の TFT 液晶では無く、PC-9821 Ls13 の DSTN 液晶です )
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手順 7 参考写真 なし |
偏光板を剥がす際、ガラス基板周囲にパネル内部へ繋がるフレキシブルフラットケーブル ( FFC ) が接着されていることがありますが、この部分には触れずにフレームを押さえながら作業してください。傷を付けるのは論外です。
フレキシブルフラットケーブルに少しでも過剰なストレスがかかると、正常な表示が行えなくなる可能性が高まります。
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手順 8 参考写真 なし |
偏光板を剥がす作業中、間違っても剥がした偏光板の臭いを嗅いではいけません。
「どんな香りか試しに嗅いでオフ会のネタに」と思うかもしれません。しかし、偏光板のガラス基板に触れていた面は、剥がす直前まで溜め込んだ酢酸のベーパーを一気に放出しています。
ある意味、化学兵器ではないかと思うような刺激臭を放っていて危険ですから、決して嗅いでは行けません。 ( 窓を閉めたまま偏光板を剥がてしまい、危険を感じた者は語る )
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手順 9 参考写真 なし |
偏光板を剥がすと偏光板を張り付けていた粘着剤の跡が全面に残ったままになりますが、無理に削ぎ落とそうとするとガラス基板に傷をつけてしまいますので、溶剤を使って粘着剤を溶かしてから除去します。
私は溶剤にアルコール溶液を用いましたが、液晶パネル内部へ溶剤が侵入する事を防止する為に出来るだけ粘度が高い溶剤を用意しつつ、マスキングテープなどを用いて隙間をシールして塞ぎましょう。
横着をすると悲惨な事になって、液晶パネルを完全分解して洗浄する事になります。 ( 経験者は語る )
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手順 10 参考写真-6 |
マスキングテープの作業が終了したら溶剤をガラス基板に適量塗布して、溶剤が揮発してしまわない様にラップフィルムで覆います。
( 参考写真の液晶パネルは TOWNS SN の TFT 液晶では無く、PC-9821 Ls13 の DSTN 液晶です )
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手順 11 参考写真-7 |
数分経って粘着剤が柔らかくなった頃に、ラップフィルムを外してカミソリなどを用いて粘着剤を削ぎ落します。
この時、余り力を入れるとガラス基板に傷を付けますし、素早くやらないと粘着剤をただ伸ばすだけに終わりますので注意してください。
私は作業時、液晶パネルを抑える指は手前に置きつつ、刃先を必ず自分とは逆方向へ動かす形で安全を確保しましたが、液晶パネルを空の牛乳パックで押さえて安全を確保する方法を、おふがお様が提唱されています。
( 参考写真の液晶パネルは TOWNS SN の TFT 液晶では無く、PC-9821 Ls13 の DSTN 液晶です )
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手順 12 参考写真-8 |
粘着剤を一度で取りきる事は難しいので、粘着剤を溶剤で溶かす作業と削ぎ落す作業を何度か繰り返します。
( 参考写真の液晶パネルは TOWNS SN の TFT 液晶では無く、PC-9821 Ls13 の DSTN 液晶です )
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手順 13 参考写真-9 |
綺麗に粘着剤が剥がれたら、ガラス基板に傷が入っていないかチェックしてください。傷が入っていれば研磨してください。
なお参考写真の液晶パネルは TOWNS SN の TFT 液晶では無く PC-9821 Ls13 の DSTN 液晶ですが、この液晶パネルは裏側にある偏光板も劣化していた事、裏側にある偏光板の張り替えは困難な構造だった事から、やむなく廃棄処分となりました。
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手順 14 参考写真 なし |
新しい偏光板を設置しますが、私の場合は新しい偏光板を適切な大きさに切り出し、それを本体のプラスチックのフレームと液晶パネルの間に接着せずに挟むだけにして設置する事にしました。
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手順 15 参考写真 なし |
切り出した偏光板の養生フィルムを剥がす前に、部屋の大掃除をしてください。液晶パネルを組立てる時に埃が挟まるとガッカリします。
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手順 16 参考写真 なし |
元通りに組立てて電源を入れた時、画面が見えれば成功です。
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まずは、液晶パネルという物がどのような構造なのか知る必要がります。素材を表側から順番に書くと、
液晶パネルの断面構造
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- 偏光板 ( 1 層目 )
- 位相差フィルム ( 1 層目 )
- ガラス基板 ( サブ )
- カラーフィルタ
- 透明電極 ( 1 層目 )
- 配向膜 ( 1 層目 )
- 液晶層
- 配向膜 ( 2 層目 )
- 透明電極 ( メイン )
- ガラス基板 ( 2 層目 )
- 位相差フィルム ( 2 層目 )
- 偏光板 ( 2 層目 )
- 拡散板
- 導光板
- バックライト ( 冷陰極管や LED など )
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となっています。偏光板 ( 1 層目 ) の表面にはさらに保護材が張り付けてあります。詳しくは一般社団法人 電子情報技術産業協会 ( JEITA ) の「EDR-2001 電子ディスプレイデバイス技術ガイド ( CRT、LCD及びPDPの解説・用語 ) 」という規格書を参照して下さい。
液晶パネルで劣化する部分と言うと、多くは偏光板か冷陰極管です。今回は偏光板の劣化でしたので、こちらにスポットを当てることとします。
偏光板というのは、特定方向に振動している光のみを通すフィルターです。 1 層目と 2 層目の偏光板で向きを 90 度で向きを変えて配置し、液晶で光の方向を制御する事により画面の表示を行います。よって偏光板を無くしてしまうと、液晶パネルは画面を表示する事が出来ません。
偏光板は主にベースとなる偏光子と偏光子を紫外線から保護する偏光子保護材、さらにパネル表面の保護材やガラス基板と接着する粘着剤で構成されています。これらに用いる材料は光学的な特性に優れていることが第一条件です。
偏光子は光学的な偏光を実現する色素にヨウ素や二色性染料、色素を特定の方向に固定して偏光性を出す樹脂には PVA 樹脂が用いられています。偏光子保護材は未だ TAC 樹脂製のフィルムが主流です。
上記でわざわざ偏光子や偏光子保護材の材料を特記したのは、偏光板の劣化で問題になるのがこれら特記した材料だから、です。
まずは色素。ヨウ素にしろ二色性染料にしろ、一般的に紫外線が照射されると分解されやすい材料を用いていることが殆どです。次に PVA 樹脂。これも紫外線に対して強いとは言えませんが、そもそも親水性が強い特徴があり、偏光子として用いる時は空気中の水分による影響を受けます。親水性が強いこと、水分による影響がある点は TAC 樹脂も同様です。
PVA 樹脂はかつて、文化財の修復に使用されていました。しかし加水分解による劣化が起きること、樹脂の収縮により絵画表面の剥離など予想以上の被害を起こしたことから、現在では天然素材への回帰が進みました。TAC 樹脂に関しては、「ビネガーシンドローム」と言う劣化が起きます。写真や映像のフィムルを扱う方達の間ではとても有名です。
これ以外にも偏光子の紫外線による焼けがあります。液晶パネル用の偏光板ではあまり聞きませんが、プロジェクターやカメラの世界ではそれなりに有名なようで、検索するとちらほら出てきます。
余談ですが、紫外線と言うと太陽光を思い浮かべる人が多いと思います。しかし蛍光灯はもちろんの事、液晶パネルのバックライトにも使う事が多い CCFL こと冷陰極管も出しています。
最近の液晶パネルではバックライトに LED を用いるようになってきているので大丈夫ですが、昔の液晶パネルでは当然 CCFL を用いているので、液晶パネルを無駄に明るくして使うと、CCFL の劣化はもちろん、紫外線に弱い偏光板の劣化を余計に促す事になってしまいます。
CCFL は紫外線の放出を抑える為に、紫外線吸収膜のコーティングなどの措置を行っているとは思いますが、色温度や演色性との兼ね合いを考えると、理想的な対策は出来ていないと思われます。
上記の劣化が起きた場合、偏光板から酢酸臭がする場合はビネガーシンドローム、偏光板が濁って変色している場合は紫外線により染料が化学変化してしまった場合の劣化と考えられます。
近年製造されている液晶パネル用の偏光板では、偏光板の加水分解や樹脂の収縮、それに伴う光漏れ対策の為に低透湿化した TAC 樹脂製のフィルムを用いるなどの改良が絶えず行われているようです。
根本的な改善を狙ってか、偏光子保護材に PMMA 系や PET 系の樹脂を用いた液晶パネル用の偏光板も徐々に生産され始めていますが、保護材膜厚の薄膜化や虹ムラ ( 意図しない偏光板の着色 ) の課題が未だ完全には解決されていないそうで、TAC 樹脂が使われなくなるのは、まだ先の話になりそうです。
今回はバックライトである冷陰極管を交換しませんでしたが、寿命により交換した場合、撤去した冷陰極管は内部に水銀が入っていますので、居住する自治体が指定する方法で適切な廃棄処理を行ないましょう。
上記の内容と共に、万が一管球を破損させた場合の撤去方法の参考も記載した資料が日本照明工業会より公開されていますので、万が一の際は参照して下さい。
参考文献
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