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常温亜鉛メッキを行うの巻


もくじ

はじめに

ある日、ひょんなことからドリームキャスト開発機用の外付け GD-R ドライブを入手してしまいました。

入手したのは良いのですが、筐体があまりに汚いうえに塗装面に錆びのような怪しい跡まであります。前所有者によれば、しばらく倉庫に放り込みっぱなしだったとのこと。そりゃ汚れるわと思い、さっさと掃除しようと思って分解に着手。

しかし、外側の鉄板を外した段階で事件が発覚しました。筐体内部の一部が激しく腐食しているではありませんか。

こうなってしまったら錆を落として補修するしかありません。しかし、補修方法として下地調整ののち塗装するかどうか悩みました。というのは家電製品の金属製筐体では多くの場合、メッキが施されているため単純に塗装しても剥がれてしまいます。

結果としては、腐食している部分のみ下地調整 ( ケレン ) を行ったうえで、メッキを行いました。これは補修方法を検討した際の記録です。


鉄の腐食を防ぎたい

鉄の腐食を防ぐには、鉄を酸化させる酸素と水分を遮断する為に表面処理を行う必要があります。表面処理の方法には例えば、金属による被覆 ( メッキや蒸着、溶射など ) 、無機物による被覆 ( コンクリート、ガラスライニングなど ) 、有機物による被覆 ( 塗装や樹脂ライニングなど ) 、化成処理 ( クロム酸処理など ) が挙げられます。 ( 他にも様々な方法が有りますが、とても書ききれませんので割愛します ) 

具体的な想像がつきにくいと思いますが、メッキは駅や橋梁で鈍い色調の結晶のような模様が出ている鋼材、無機物による被覆は鉄筋コンクリート造やホーロー鍋、樹脂ライニングは樹脂で覆った電気や給排水の配管、クロム酸処理は別名クロメート処理とも言い、色調として透明な黄色がベースだが少々虹色がかった色調の鋼材で、PC-9801-86 音源のバックパネルが代表例です。

表面処理には色々なパターンがありますが、パソコン、家庭用ゲーム機やアーケードゲームの金属製筐体は、表面処理として一般的に亜鉛メッキを施してあります。


亜鉛メッキとは

亜鉛メッキは言葉の通り亜鉛を用いてメッキを行っているのですが、大別して溶融亜鉛メッキと電気亜鉛メッキがあります。

さらに細かく分けると、溶融亜鉛メッキでは純粋に亜鉛を用いてメッキしただけの物から、溶融亜鉛 - アルミニウム系合金メッキ ( ZAM やガルバリウム、スーパーダイマ、エコガル等 ) があり、電気亜鉛メッキでは純粋に亜鉛を用いてメッキしただけの物から、亜鉛 - ニッケル合金メッキ、それに加えて表面を化成処理したものまで多種多様です。

工法としては、溶融亜鉛メッキ ( JIS G 3302 ) は鋼材を高温で溶かした亜鉛に浸してメッキする方法で、温度の関係で鋼材にある程度厚みが必要な事やメッキの厚さの関係で、主に屋外で用いる鋼材に採用される方法です。俗にドブ漬けと言います。

電気亜鉛メッキ ( JIS G 3313 ) は、亜鉛入りの電解液が入ったメッキ槽に鋼材を入れて通電し、電解液中の亜鉛イオンを鋼材に付着させる方法です。溶融亜鉛メッキと比べコストがかかるものの、メッキを薄く均一にできる、熱処理を伴う特殊な鋼板や普通は亜鉛をはじく鋼板でもメッキできるなどの利点があります。

これら亜鉛メッキは犠牲防食という方法により鉄の腐食を防止しています。詳しくは割愛しますが、鉄よりも亜鉛のほうが酸化して溶けやすい事を利用した方法です。亜鉛はイオン化傾向が大きいのです。

参考 - 異種金属接触腐食

異種金属接触腐食とは、イオン化傾向が異なる金属が接触 ( ボルト接合だけではなく、溶接も含む ) している時に電解質 ( 水道水でも電解質になり得ます ) に触れると、化学電池を形成して電位差が生じ腐食する現象のことで、亜鉛メッキ仕上げの部材とステンレス鋼が接触している時に発生する腐食が有名です。

特に塩害 ( 塩分を含んだ汚れや水分により、植物が枯れる、金属の腐食、電気機器の短絡や地絡 ( 漏電 ) 事故の発生などの被害を指す。沿岸部において海水や汽水域からの塩水が原因で発生することが多いが、多雪区域では融雪剤も原因として挙げられる。 ) 地域や多雪地域で、水分が電解質となって発生している例を見かけます。

屋内に設置する物に関しては、多湿な空間でなければあまり問題ありませんが、屋外に設置する物は想定よりも短期間で腐食による部材の落下、錆水による汚損などが懸念されますので、次のような対策を行う事を推奨します。

  • イオン化傾向が異なる金属を、イオン化傾向が近い金属へ変更する
  • イオン化傾向が異なる金属が接触する部分を、樹脂シートや塗装により絶縁処理を施す
  • 出来上がった部材を丸ごと塗装して電解質 ( 水分 ) へ触れさせない
  • 上記いずれも行えない場合は、「異種金属接触腐食」への影響因子や接触面積、想定寿命等を勘案して精査する

参考文献


塗装したくても、イオン化傾向が大きいものでして

さきほど、亜鉛はイオン化傾向が大きいと書きましたが、塗装する場合はこれが問題になります。よく、亜鉛メッキ面に塗装しても塗膜の長期密着性が良くない、と言われますが、原因はまさにイオン化傾向が大きいことによります。

全く塗装できない訳ではありません。亜鉛メッキ表面にリン酸亜鉛処理やブラストなどの下地処理を行うことで塗膜を密着させて塗装できますが、これらの方法は厳密な管理が必要で、工場で生産する時点でないと難しい方法です。工場出荷後に行う塗装の下地処理としてはあまり適切ではありません。

工場出荷後に行う塗装方法には、亜鉛メッキ面用のエッチングプライマー ( JIS K 5633 ) や変性エポキシ樹脂プライマー ( JASS 18 M-109 ) を用いて素地ごしらえした後に塗装する方法や、塩化ゴム系塗料 ( JIS K 5639、廃止済 ) を用いて塗装する方法があります。

しかし、エッチングプライマーは湿度の影響を受けやすく完全に塗膜を密着させることが難しいこと、塩化ゴム系塗料はかつて四塩化炭素を含有していた ( 昭和 40 年代まで遡れば、可塑剤としてポリ塩化ビフェニル、いわゆる PCB を用いた物も有ります ) 事や、近年は塩化ゴム自体を忌避する傾向にあることから、この種類の塗料を適量入手して塗装する補修は困難であると判断しました。

参考 - メッキのウイスカ

ウイスカとは針のような形状の結晶です。

原因として、合金元素の拡散、熱膨張係数の違い、異種金属接触腐食の影響、外部応力 ( 例えば、部材やメッキ面を塑性域まで変形させた場合 ) などが考えられていますが、完全には解明されていない部分も有ります。

電子基板の設計を行っている方はよく御存じだと思いますが、近年の例だと端子やリード線の錫メッキや、鉛フリーハンダを用いてハンダ付けを行っている部分で、ウイスカによる短絡事故の発生が有名ですね。

なお、ウイスカは錫メッキや鉛フリーハンダだけでは無く、亜鉛メッキでも起こり得ます。

これはメッキ部分の残留応力によりメッキされた金属が再結晶化する事で発生し、特に電気亜鉛メッキで顕著に発生します。溶融亜鉛メッキは工程上、熱処理を行う為にメッキ面に残留応力が殆ど残らないので、ほぼ発生しないと考えて良い様です。

もしもサーバー室を作る時は機器本体はもちろん、OA フロア、壁や天井の軽鉄下地、空調ダクト、ケーブルラックに気を使って、通常の電気亜鉛メッキ、クロム酸処理で表面仕上げを行った製品を避け、対策品 ( 例えば塗装仕上げ、ステンレス製 ) を用いると後からトラブルで悩まずに済みます。

塗装以外の方法として、粘着剤付き化粧フィルム ( いわゆるダイノックフィルム ) も検討しましたが、こちらは端部の納めが難しい ( 時間が経った時にはがれたり、金物同士を接合する時に噛み合わなくなる可能性が有る ) と判断し、採用しませんでした。


塗装がダメなら、メッキしよう

先述した以外の方法を検討した結果、元々の仕様に極力合わせて常温亜鉛メッキを行うことにしました。

この方法に用いる材料は「厚膜形ジンクリッチペイント」 ( JIS K 5553 ) や、「有機質亜鉛末塗料」 ( 公共建築工事標準仕様書 ( 機械設備工事編 ) ) と呼ばれる物で、材料名からすると塗装を行うように思えますが、実際の性質からするとメッキに近いものです。

ここまで読むと、常温亜鉛メッキは難しい事のように見えるかもしれません。しかし大丈夫です。インターネット通販や電材屋さん等で缶スプレーで塗装するタイプのものが流通、販売されていますから、それを用いれば一般的な塗装と大して変わらない方法で作業を行えます。

この手の製品で圧倒的に有名なのは、ローバル社製のその名もスバリ、「ローバル」シリーズです。建設業にお勤めの皆さんならお馴染みですね。

常温亜鉛メッキの使用を決めたのは、外付け GD-R ドライブの筐体に指紋の跡がクッキリと残っていたことも、理由の一つです ( 指紋の跡がクッキリ残っているという事は純粋な亜鉛メッキである可能性が高いと判断 ) 。


防食用錆転換剤

今回、二輪車や自動車用に「赤錆から黒錆への転換を行う」として販売されている、いわゆる防食用錆転換剤 ( 黒錆転換剤 ) を用いる事も検討しましたが、結果として見送りました。

この手の製品では、赤錆を黒錆へ転換出来る等と宣伝していたりしますが、実際には「黒錆処理剤は単に赤錆部分がそれ以上腐食するのを防ぎ、保護してコーティングする程度のもの」 ( つまり黒錆への転換や化成処理ではなく、リン酸などで赤錆を除去した後、コーティングする程度 ) という見解を wildcat 様より頂きました。


実際の作業手順

それでは、次に今回行ったメッキの手順を示します。

常温亜鉛メッキによる、電気亜鉛メッキ面の補修記録
参考写真 説明文

参考写真-1

先ほども示しましたが、これが分解したての筐体です。屋内に置いていたはずなのにここまで腐食するということは、高湿度な環境に置かれ続けていたのでしょう。

参考写真-2

まずは錆を出来る限り落とします。

私は第一段階として、捨てるつもりだったマイナスドライバーでゴリゴリ荒削りしました。

参考写真-3

荒削りしたままでは精神衛生上よろしくありませんので、研磨紙 ( 紙やすり ) で仕上げを行います。研磨紙の番手 ( 粗さ ) が、400 番と 1000 番のものを用いました。

今回は組み立てると見えなくなる内部でしたので気にしませんでしたが、表から見える場所を研磨紙で削る場合、指に巻いて作業すると指の形に削れていきますので、研磨紙を平たいものに巻きつけて作業しましょう。

 ( 例えば割り箸を一部削って斜めで平らな部分を作り、そこに研磨紙を装着する ) 

参考写真-4

研磨紙で仕上げたら、筐体を洗浄します。

今回のように、塗装されていない部材の一部にヤスリがけを行った後は、灯油などの溶剤や洗浄液で脱脂、洗浄してから、中性洗剤で仕上げ洗浄 ( 洗浄工程を省くと、薄い油膜が残る場合がある ) したのち、清浄な水を用いて洗い流して乾燥させるのが理想的なやり方ですが、面倒だったので中性洗剤の洗浄のみ行っています。

なお部材全体にヤスリがけを行った後の脱脂洗浄だと、灯油以外に希塩酸を使うという方法もあります。

参考写真-5

今回は、一番入手しやすいローバル社の製品を用いました。まだ塗装 1 回目で、うっすら鉄が透けて見えています。

参考写真-6

塗装 2 回目。それなりに隠ぺいできたようです。

参考写真-7

常温亜鉛メッキ終了後。なんということでしょう、あんなにも錆びていた鉄が、美しく生まれ変わったではありませんか。


他の筐体でもやってみたけれど

外付け GD-R ドライブがあまりにもうまくいったので、調子に乗って錆が出始めていた SYSTEM256 の筐体もやってみましたが、こちらはあまり密着性が良くないのか、常温亜鉛メッキを施した後にメッキ面を擦ると少し剥がれてしまいました。

ただ、塗装した場合とは異なりごっそり剥がれるような事にはなっていません。もしかすると SYSTEM256 の筐体は亜鉛 - ニッケル合金メッキなのかもしれません。

ローバル社の Q and A では、亜鉛 - ニッケル合金メッキでも使える可能性は高いとの回答が書いてありましたが、メッキ面の状態により結果は変わるようです。

亜鉛メッキ面の補修は本当に難しいですね。大丈夫だろうと思ってやってみても、うまく行くとは限らないと実感しました。


参考文献


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